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1.私の受験時代

私個人の話で恐縮ですが、私は所謂第2次ベビーブームの世代です。私が学生時代を過ごした頃は、現在とは違って子供がとても多い時代でした。余談になりますが、私の済んでいるところは私が小さかった頃は子供がとても多く、自治会の秋祭りなどの行事があるとたくさんの子供が出てきていました。ところが近年の秋祭りでは、御神輿を引く一団を見る子供の数は5、6人しかおらず、子供より大人の数のほうが圧倒的に多くなっています。私の小さい頃は子供が50人くらいはいたものです。自治会の球技大会や運動会でもそうです。最近は子供があまりに少なくなってしまい、一つの自治会で単独のチームを作ることができなくなりました。それだけ日本に少子高齢社会が着実に忍び寄り、そして大きく影を落としています。昔のように地域に子供たちの賑わいが戻ってきて欲しいと思うのは決して私だけではないでしょう。
さて話が大分それてしまいましたが、私が小さい頃は同世代の子供が非常に多く、従って受験に差し掛かると自ずと競争が激しくなりました。私の住む街の中心に県道が一本走っており、街はその道路を中心に開けていました。私の住む街は新興住宅地で人口も多かったことから、いつの間にかその県道沿いに学習塾がたくさん立ち並び、学生を奪い合っていました。当時は学習塾が激しい競争を繰り広げていましたが、子供の数も多かったためどこもいい商売になっていたのではないかと思います。私が小学生や中学生だった頃も学校では塾が自ずと話題の中心の一つでした。それが現在私の住む街を見渡してみても、嘗てあれほどあった学習塾はめっきり数を減らし、わずかに残っている程度です。
こうしてみると私は受験戦争が一番厳しかった時代に育っています。そんな私にとっては偏差値や内申書と言った言葉が寧ろ懐かしく感じられます。偏差値と言う言葉は皆さんもよくご存知だと思います。或いはこれをお読みになっている皆さんももしかしたら懐かしく思われるかもしれません。私も偏差値の細かな計算方法はよく知らないのですが、平均が50で、一般に偏差値が65もあれば超がつくほど優秀、逆にもし35しかなかったら…といった感じです。模擬テストの結果が出るたびに、その結果として出てくる偏差値に一喜一憂し、志望校の偏差値と見比べてみて…といった経験は、恐らく皆さんにもお有りだと思います。
内申書と言うものは皆さんがお住まいの地域にあったかどうかは、私にはわかりません。私の住む地域にはこの内申書と言うものがありました。この内申書とは、言ってみれば高校受験の際の評価の対象となるものでした。私たちの住む地域では、この内申書が高校受験の際にものを言います。これは言い換えれば中学校の通信簿です。私たちの住む地域の当時の中学校の学習科目には国語、英語、社会科、数学、理科の主要科目と音楽、美術、体育、技術家庭科の芸術科目とがあり、それぞれ通信簿で評点がつけられていました。その通信簿の評点も公立高校受験の際にポイントに含まれるのですが、この9つの科目のうち公立高校の受験科目にはない音楽以下の芸術4科目は、内申書で2倍のポイントとなっていました。つまり中学校で国語以下の5つの主要科目だけまじめにやって、受験の科目にない音楽以下の4つの芸術科目をいい加減にやっていると、公立高校受験の際に、それなりにしっぺ返しを食らうようになっていました。つまり公立高校受験の際に有利な位置を占めたいと思えば、全ての科目をまじめにやって、通信簿で高得点を出さなければなりませんでした。私の住む地域の公立高校受験はこの内申書による得点と、高校入学試験の点数とを加算して合否が決められていました。ですので試験当日まで結果の読めない入学試験の点数は別にして、私たちは通信簿の点とにらめっこして、自分たちで一生懸命内申書の点数を計算していたのです。
これらも今となっては懐かしい話です。日本はいつの頃からか学歴で将来が決定される学歴社会となり、その学歴社会は当然ながら激しい受験戦争を生みました。高校受験は15歳、大学受験は18歳ですが、私たちはそんな小さいときから好むと好まざると、受験戦争の渦の中に投げ込まれていたのです。私は中学受験はしていませんが、当時私の周辺に中学受験に臨む者も少なくなく、従って彼らは12歳にして受験戦争を戦っていたことになります。
その後私の世代をピークに子供が減り始め、本格的な少子化の到来と共に、受験戦争は嘗てほど激烈なものではなくなったような気がします。また子供の負担を減らすべく教育改革がなされ、現在の子供たちは、私たちの時代ほど勉強の面でのプレッシャーが多くないのかなとも思います。ちなみに私が学校に通っていた頃は週休二日制など考えたこともありませんでした。私は現在の状況に詳しくないのですが、恐らく現在の子供たちをとりまく教育環境は私たちが子供の頃とは随分変わっているのでしょう。
ここまで私の学生時代について長々と書いてきました。こうしてみると私たちの世代はまさに受験戦争の申し子とも言えるでしょう。私の場合周囲の期待に応えていい高校に入り、いい大学に入ることは普通のことだと考えていました。あれから随分長い年月を経た現在、当時を振り返って、当時の勉強がすごく大変だったとか、受験戦争のプレッシャーが大きかったとか、あれこれ言うつもりはありません。当然当時の教育、環境を批判するつもりもありません。私たちはそうやって過ごしてきた、ただそれが言いたいだけです。

これからの日本がどう変わっていくかはわかりません。ただ子供たちが夢を持てる、そんな社会であって欲しいと思います。そうして、そのような社会を築くための教育であってほしいと願っています。

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